ひとり言 2025.08.11
最近、愛についてよく考えるようになりました。それは大きく分けて二つあると思っています。一つは一般的な異性に対する肉感的な衝動が伴う主観的な愛であり、もう一つは人類愛ような大きな存在であり、まるで何か超越した偉大な力が包み込んで、我々を何とか生かそうとしている存在です。また具体的な表現としては胎児が母胎の中で、絶えず享受される母性愛的な大きな存在です。個人的には、この大きな宇宙的な愛を天照大神だと解釈することが好きで、この絶えず宇宙から降り注いでくる感覚があるからこそ、自分も人間を超越した存在に憧れることができるのだと思っています。また今武士道の一つである葉隠思想を学ぼうとしているのですが、その中で主君への忠義があります。これも男が男に惚れるような純粋な心が根底にあり、これも一つの愛の形なのかもしれません。これは全く個人的な感覚なのですが、肉体の内部で絶えず私に寄り添い同化しようとする、純粋無垢な赤子のような愛が存在します。これが女性的で肉感的だったので、私の存在を危うくする大変危険な存在だったのですが、今は私にとってとても大切な生命エネルギーと化しています。ここで話がちょっと脱線したので、一般論に戻ります。要するに、愛の定義は難しいです。この他にも家族愛、隣人愛や葉隠的な忍ぶ恋も存在します。この葉隠的な忍ぶ恋は真の自由を追い求める上で、重要なエネルギーになるようです。つまり愛というものは、使い方次第で己の破滅を促したり、真の憧れを探求するための原動力になったりするのです。それ故、魂の輪廻転生の実験場である地球という舞台では、愛という存在は決して欠かせないのです。