思うこと 2024.03.20
「大和島根」とは「日本」の別名です。今回、この言葉を取り上げたのは、ある偉人が残した「辞世の句」だからです。その人は、大東亜戦争のA級戦犯として絞首刑となった「東条英機」です。彼は「最後まで日本を裏切ることはできない」と言い、国際的な犯罪に対しては、無罪を主張しつつも、国内的な責任を負って刑場に行くことに、何の迷いもなかったようです。彼は「大東亜戦争は彼らが挑発したものであり、私は国家の生存と国民の自衛のため、止むを得ず受けてたった」と述べています。もちろん賛否両論あるでしょうが、天皇の意を汲めず非常に無念な氣持ちが、私には伝わってきます。その一方でこの裁判の裏側で拷問の末、相手国に魂を売り渡した人たちも、多数いました。結果その人たちがその後の日本を動かしていき、今日の経済発展に繋がっていくので、何とも皮肉です。ただこの裁判の中で、連合国側のインドの判事だけが、「平和に対する罪と人道に対する罪は戦勝国の事後法であり、国際法に反する」という理由で被告人全員の無罪を主張したのです。東条英機はこれを「東亜民族」の誇りと感じたようです。そして大東亜戦争から今日までの日本の歩みは、皇国三千年の歴史の縮図のように感じています。今まさに裏が表になるように、裏歴史として封印されてきた、「古代出雲」の力に光を当てるために、私は幸野大先達とともに今活動しています。これを「大東亜戦争」に置き換えると、「古代出雲」の力は「東亜民族」の誇りであり、東条英機が持っている「真の愛国心」や「真の平和思想」に通じてしまうのです。最後に「東条英機」の辞世の句を紹介します。「さらばなり苔の下にて、われ待たん大和島根に花薫るとき」。