ひとり言 2026.01.13
有名なニーチェの言葉ですが、私は昔からこの言葉が気になっていて、今は特にそう思っています。例えば神の意志を体現すべき宗教家は、ただ祈るだけで見せかけの救済であったり、物欲に執着し、人を正しい道へ導くという、本来の機能はとうに破綻していると思われます。勿論、祈り自体は本来は崇高な様式であり、それを命懸けで体現されている、高尚な人たちが身近にいるのですが、ほとんどの場合、人間のご都合主義的な存在になっているように思います。その代償として、祈りの原型である言葉を見れば、分かると思います。特に「愛」という言葉ですが、本当にご都合主義的によく使われています。もし「愛」という言葉が本当に重要ならば、その神聖さを取り戻すためには、もう一度「魂」と「血」を捧げる必要があると思っています。それがスピリチュアル業界で流行っている、神様の封印を解くというパフォーマンスにも影響を与えていると思っています。しかし言葉が言霊として機能するために、または言葉が平面的な二次元的な存在ではなく、立体的な神聖なエネルギーを放つためには、私も本来の神の復活は必須だと思っています。それがゼロ磁場においては、スサノオ神話の復活という大義となっています。今物質文明の末期において、次なる霊性文明の扉を開けるには、この神話の復活と日本古来の崇高な精神文化の融合が必要と考えています。